神崎塾長のつぶやき
令和3年秋号「虫を愛しみ、虫を恐れる」
秋の日(陽)は、つるべ落とし、といいます。そして、秋の夜長がはじまります。
軒下でさみしそうに鳴る風鈴の音、その下でにぎやかな虫の音。
私の子どものころは、「あれ松虫が鳴いている……」、という童謡を誰彼となく口ずさんでいたものです。当時は、ほとんどの家が木造。しかも、古い家だと、建てつけがよくありません。虫の音が家のなかまで聞こえます。いや、家のなかにも虫が入りこんで鳴きます。
「あれ鈴虫も鳴きだした……」。静かに聞き耳をたて、やがて眠ってしまうのが常でした。
現代の子どもたちには、そういう経験がないでしょう。コンクリート壁にアルミサッシ枠のガラス戸では、外の虫の音などさえぎられてしまいます。窓を開けたとしても、テレビやゲームの音で消されてしまいます。
「虫聞き」の情緒も半減しました。たった半世紀ほどのあいだの変化です。
古くさかのぼってみると、虫聞きは、大人たちの行楽でもありました。たとえば、『江戸名所図会』には、「道灌山聴蟲」の図が描かれています。坂の途中に、女二人と虫籠を掲げた童子が一人。敷物の上には、男が三人。一人は、東に昇る月を眺めながら、何やらしたためています。また、一人は、チロリ(銅製の酒器)を手に酒の用意。そして、もう一人は、片肘をつき、足を投げ出してくつろいでいます。
「虫放ち会」という行事もありました。それぞれが自慢の虫を籠から放ち、鳴き声の優劣を競った、といいます。
もっとも、虫の音を肴にしての行楽は、あくまでも「江戸の風」ということでしょうか。農山村では、あえて虫聞きを行事化することはありません。家にいて、耳をすまさずともさまざまな虫の音を聞くことができます。
むしろ、農山村では、虫の害を恐れなくてはなりませんでした。もちろん、松虫や鈴虫ではありません。浮塵子や亀虫などの稲につく害虫の類です。そこで、その害虫類を払う「虫送り」の行事が行なわれました。
その夜、子どもたちも参加して、松明を灯して行列をなし、太鼓や鉦を叩きながら集落内を巡ります。行列の中央に、藁人形をかざして歩くところが多かったようです。その場合は、集落の外れで藁人形と松明を焼き捨てて帰ります。「虫は外」とは唱えませんが、そこで虫を払ったとします。夏から秋のはじめにかけて、かつてはほぼ全国的に行なわれていた行事です。
「虫聞き」に「虫送り」。初秋の夜の行事。いまや、高齢者の記憶遺産、というしかないでしょうが……。
伊勢 美し国から
番組概要
「伊勢美し国から」は、日本人古来の生活文化を「美し国」伊勢より発信する15分番組です。
二十四節気に基づいた神宮の祭事や三重に伝わる歴史、文化、人物、観光、民間行事などを紹介。古の時代から今に伝わる衣食住の知恵と最新のお伊勢参り情報を伝えます。
五十鈴塾は、日本文化の再発見を目指して各種講座及び体験講座などを開催してきた実績を活かして、この「伊勢美し国」番組企画を行っています。